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後藤一乗(后藤 一乘)

寛政3年(1791)~明治9年(1876)10月17日 86才没。

銘は、後藤八郎兵衛光貨、後藤光代、後藤光行、後藤法橋一乗、後藤法眼一乗。
伯應、凸凹山人、凸凹翁、寿翁、喜寿翁、の添銘。

京後藤家七郎右衛門重乗の次男として京都に生まれる。

寛政11年、9歳のときに八郎兵衛謙乗の養子となる。 11歳より半左衛門亀乗に師事し、15歳で八郎兵衛家6代目の家督を相続して八郎兵衛光貨と名乗る。

文化8年、21歳のとき光行と改名。文政3年30歳のとき光代と改名。

この頃江戸の宗家四郎兵衛家の加役である大判の墨書書き改めや分銅の製作などの京都における業務を分担した。

34歳で法橋に叙せられ、以降一乗光代を名乗る。

文久2年、孝明天皇の御剣金具を制作。翌年法眼の位を与えられる。

後藤家の家彫りの伝統を継承し、作品は刀装具全般にわたっている。
後藤家では禁じられていた鉄地の製作もしている。

後藤一乗 年表

寛政3年(1791) 京後藤家七郎右衛門重乗の次男として京都に生まれる。
寛政11年(1799) 八郎兵衛謙乗の養子となる。
文政8年(1825) 一乗光代を名乗る。
明治9年(1876) 10月17日、逝去。86歳。

 
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